読書

【書評】経済は世界史から学べ 【お金とは?その成り立ち】

こんにちは、プラズマコイです。
今日は、経済は世界史から学べ(著:茂木誠)を読んでみましたので、その解説、そこから色々調べた「円」ができるまでの歴史を書こうと思います。

前提:経済ニュースを理解するためには予備知識がたくさん必要

消費税の増税とか、TPPとか、デフレとか、テレビニュースで見る機会は結構多いです(最近はテレビを見ないとあまり触れる事もないかもですが)

ビジネスマンになると、日経新聞も読んでみたりしますが、そこに書いてあることも、前提となる予備知識がないと分からない事だらけです。

また、歴史を通じて、世の中の理(ことわり)を学ぶことにより、単純にそれっぽいことが言えたり、このブログのテーマである世の中の「本質」を学ぶ上でも、社会の起源になった出来事を知っておくのは重要だということです。

お金の部分を、抜粋+αでまとめます

お金とは一体なんでしょうか?
今の資本主義ではお金が非常に重要な道具になります。

みんな、お金は欲しいですよね(笑)
お金があれば多くのものと交換できます(旅行、美味しいもの、サービス、良質な商品)

そんな中、お金では買えないものもあるというお話も事実です。

今日はお金の歴史について少し書いていきたいと思います。

お金の登場によって実現したこと

原始時代の物々交換から、取引は行われてきましたが、この取引がお金(貨幣)という概念によって革命的にスムーズになりました。

それは以下の3点に集約されます。

  • 価値を定量化・・・例:このサービスは1万円だ
  • 信用を担保・・・この紙は、1万円分の力を持っていると皆が認識
  • 持ち運びしやすい(あるいは不要)

政府はお金を発行せず、銀行がお金を発行する意味とは?

過去の歴史から、政府に紙幣を刷る権限をあたえると、戦争とかの為にいっぱいお金を刷っちゃって、インフレが起こるため、
紙幣を刷る権限は、中央銀行(日本だと、日本銀行)が持つ場合が多いのです。
※とはいっても国の影響力はありますけどね。

近年は、キャッシュレスの波がきているので、もう紙幣や硬貨といった物体としてのお金も使われず、デジタル上で処理されるようになっていますね。私も最近現金を使う機会がかなり減りました。

【今回のメイン】小判 → 円 の流れ

さて、日本のお金の歴史を書いていきましょう。
お金(貨幣)の源流は「金」です。
「黄金の国ジパング」と言われていたことからも分かるように、日本は多くの金銀が産出されました。

戦国時代には、既に金や銀が採掘され、それをお金としていました。

そして江戸時代には天下も統一され、ある程度お金の種類や価値も統一されましたが、それでも、金や銀といったものは、産出量に限りがあるので、
西日本では銀貨が、東日本では金貨が高額貨幣として流通します。

金をつかったり、
銀をつかったり、
お米もお金としての力をもっていたり、
各藩では独自の紙幣を発行したり(政治は藩ごとで結構独自にやってた)

多種多様だったのです。

つまり、江戸時代にはお金の種類がいっぱいあった

江戸時代は、金、銀、お米、紙幣などお金の種類が沢山あったということですが。

今も世界経済で考えてみれば、円、ドル、ユーロ、ビットコインなど、沢山あるのでそんな感覚でしょうか。

明治維新で紙幣を発行。単位は「両」のまま

江戸時代までは、小判などの金貨が流通していましたが、
明治維新の新政府は、旧幕府、各藩の発行した一切の通貨を引き継いだため、お金の統一と整理が必要になりました。

そのため、新しい貨幣条例(要はお金の法律をつくるため)のつなぎとして共通のお金を発行する必要がありました。

太政官札(だじょうかんさつ)発行!

そこで、まず殖産興業(工業など)や富国強兵をすすめるために、政府は太政官札という「お札」を発行します(単位は「両」のまま)

これは戦争や産業といった国のための「財政補完のため」のお札でしたので高額紙幣ばかりで民間にはひろまりませんでした。

民部省札(みんぶしょうさつ)発行!

太政官札というお札は、国の財政のために始めたお金でしたので、高額紙幣(10両・5両・1両)ばかりが刷られて、民間の人が使う単位の紙幣(1分・1朱)が刷られませんでした。

そのため、1分、1朱のお札を刷る必要があるため、民部省札という紙幣が刷られます。しかしこれと、太政官札は、期間限定の暫定処置な為、みんなが持っていた小判と交換できない、いわゆる「不換紙幣」でした。

また、当日は国内で高度な印刷技術が乏しく、偽札が多く流通したので「明治通宝(めいじつうほう)」というお札をドイツにて印刷して発行したりもしていました。
これは紙幣で紙ですが、あくまでこの時は金や銀がお金の媒体として人気であったため、紙のお金は補助的に役割として発行していました。

「円」登場!

明治政府は1871年6月27に「新貨条例」という貨幣の法律を立てて、そこでいよいよ新通貨の単位を「円」としました。
※このときは硬貨で

これは、1円=小判1両として、江戸時代からの貨幣や、太政官札などとの両替をして一気にお金の種類の整理をすすめました。

この頃、日本に金がちょっと不足していた事もあり(江戸時代でちょっとした事件がありまして)、
洋ドル銀貨が横浜で流通していたこともあり、1円の銀貨をメインのお金として発行しました(銀本位制)

ちなみに後に、時代は金だ!ってことでメインが金(金本位制)と定めたりもしましたが、実際は金銀複本位制でどっちも使う形として機能していました。

そして今に至るまで「金銀→紙幣→仮想通貨」といった形で持ち運びや信用を担保しやすい形にお金は進化していっています。

なぜ「円」を作る必要があったのか?

明治政府は、近代国家を目指した政府でした。
それは、インドや中国といった、それまでお手本にしていた国が西ヨーロッパに植民地にされて、このままでは自分たちも植民地にされてしまうという危機感からです。

なので西ヨーロッパに対して、日本を仲間だと認めてください。という姿勢を示す必要があったのです。

そこで、いままで鎖国していたのを、西ヨーロッパの国みたいな中央集権的国家にするため、前述したようにお金を統一基準に整理する必要がありました。

その際、お金の単位を、江戸時代の
「1両が4分、1分が4朱という一部4進法が用いられる貨幣体系」を、
外国人に受ける形の10進法の今の形に変える必要があったのです。

またその時、耐久性の観点、丸い形にすることにしました。

今日は以上です。ありがとうございました。